基本的な組み方だけで、約40種類、柄の種類などを含めると3000種類以上にものぼる組みひも・・・。

紐は本来何かを結んだり、束ねたりつないだりするという生活の必要性から発達しました。縄文時代の土器に残されているその文様からは、縄文時代には既に組みひもの原型が考案されていたことが窺い知れます。

京組紐(くみひも)は平安時代より千年有余にわたる京都の歴史と歩みをともに、幾多の試練を受けながら今日まで伝統を受継いできました。組紐(くみひも)は一本一本の糸が綾をなす芸術品であり、このような優雅な伝統工芸品は王城の地として久しく栄えた京都でこそ育ちえたものです。

こうした優れた工芸組紐(くみひも)は、奈良時代に唐の技術を学んだ結果で、当時の遺品は法隆寺や正倉院に収蔵されています。次の平安・鎌倉時代になりますと意匠は優雅典麗なものになり、用途も服飾に付随する平緒や袖括の緒、冠の緒、巻物、箱類、楽器、調度などに用いられる各種の紐と、その範囲はきわめて広くなりました。こうした優秀な組紐(くみひも)の伝統は室町時代になると、さらに茶道の興隆に伴って、仕覆の緒や掛軸の啄木などの需要が多くなり、意匠も比較的渋いものとなりました。

以上のように近世までは組紐(くみひも)の需要は公家や武家または社寺でしたが、桃山以降江戸時代にはそれは庶民に広がりその製作は非常に盛んになりました。江戸期には、用途の上でも、羽織紐や組帯、手提袋の緒、髪飾の緒などが加わり、組み方もさらに多様となり、さまざまに技巧をこらすようになりました。帯じめの出現は江戸末期、和装の帯が現在の形になってからとされています。明治になってビジョーで留め、宝石や種々の細工物を中央に飾り配したものが出るようになり、大正・昭和と世界に類のない美しい製品の数々が作られてきました。

わたくしたちはこうした優れた伝統の技術をこれからも一層大切にして育ててゆかねばならないと思います。